2017-08-30

真実が解明されないまま裁きは下される…
深い闇の先を描く法廷心理サスペンス

映画「三度目の殺人」公開記念インタビュー

話す人・聞く人

  • 映画監督
    是枝裕和さん
  • ラジオDJ/タレント
    クリス・グレンさん

日本映画史に残るサスペンス大作が完成した。監督は、カンヌ国際映画祭で高い評価を受けた「そして父になる」の是枝裕和さん。是枝監督が法廷という舞台を美しい映画的虚構の世界観で描くため、選んだのが「名古屋市役所」だ。今も歴史を積み重ね続ける本物の重厚感は、深い闇の先の真実に挑む緊張感と同化し、共鳴しあっている。
愛知をよく知るラジオDJのクリス・グレンさんが、是枝監督の思いに迫る。

■「第74回ヴェネチア国際映画祭」(8/30~9/9)コンペティション部門の正式出品
■「第65回サン・セバスティアン国際映画祭」(9/22~30)パールズ部門への出品
9/9 全国ロードショー

クリス: 心に迫るようなすばらしい映画で、大変興味深く見せていただきました。最後の最後まで考えさせられて、終わり方も…おっと、しゃべりすぎちゃう(笑)。

是枝監督: ありがとうございます。

クリス: 監督は、原案から脚本、編集まですべて1人で行ったのですね。

是枝監督: そうですね。今回は、かなり異例となるのですが、弁護士さん7人に入っていただいたんですよ。そこで、弁護士さんたちに、実際の作品の設定どおりに、それぞれ犯人役、刑事役、裁判官役、検事役、証人役に分かれて、模擬裁判をやっていただきました。脚本は、それを僕が見て質問して、やりとりを文字に起こして、映画の中に取り入れていくという流れで作ったので、すべてをひとりで完成させたという感覚はないんですよ。

クリス: 弁護士や犯人の動きやモノの見方を、本職の方から学んだことで、本格的なリアリティある映画を完成させていったのですね。

是枝監督: はい。僕はテレビのディレクター出身なので、映画監督というよりはディレクター目線なんですよ。その職業をちゃんと理解して、本物が見ても嘘がないように描きたい。当たり前ですが生の人間として放つセリフは、実にリアリティがあるんです。ですから模擬裁判を繰り返しながら、それぞれの立場や性格、考え方から出てくる反応や言動に対して「そうだな、(こう言われたら)そういう反応になるよな」という部分を脚本にも盛り込んでいきました。脚本作りとしては、こういう方法は異例なんですけど、毎回、発見に満ちていて面白かったですね。

クリス: どうしてここまでして、リアルな弁護士を見せようと思ったのですか。

是枝監督: 普通のサスペンスドラマだったら、ラストに謎解きがあって、主人公が真実を語る形で終わることが多いと思うのですけど…。実際に取材をした弁護士さんたちは、口々に「いや真実はわからないですよ」って言うんですよね。確かに、よくよく考えてみれば、あの法廷にいる弁護士も検事も裁判官も、誰も犯行現場に立ち会っていないわけじゃないですか。
それなのに―これはシステムとして受け入れざるを得ないですけど―、まずそこにいる人たちに理解できるような物語が描かれ、それをもとに弁護士や裁判官たちみんなが一つの方向に向けて進んでいくのが「判決」なんだと。

僕はそこに、ある種の怖さや違和感を感じたんです。描き方については、映画を見終わったときに、真相がわかって解決されてしまうのではなくて、この、もやもやとした違和感を観客の心に残したかった。人が人を裁くということの怖さや責任を自分のこととして考えてくれるのではないか…そう考えて作りましたね。

クリス: 真実がわからないのに罪を裁く、考えてみれば怖いことですよね。裁判のシステムについては、監督自身はどう思っているのですか。

是枝監督: 怖いですけど、逆に裁く側が「真実はわかる」と考えるほうが、もっと怖いなって思って。むしろ、「真実はわからない」とわかっていることのほうが、誠実だし現実的だと思うんですよね。
昨日、大阪の弁護士さんたちが映画を観て、取材に来てくれたんです。僕は本職からみたら、「こんな弁護士ばっかりじゃないよ」って怒られるかなと思ったんですが、ややシニカルだったり、利己主義に描いているところが、すごくリアリティがあると褒めていただいたのでほっとしました。その中で、「“法廷は真実を究明する場所じゃない”というのは、私たちからすれば前提であり常識ですが、みなさんはそう思っていないのですか」って逆に聞かれたんです。たぶんそうですねって言ったのですけど。おそらく、実際に弁護士の仕事をしている人たちと、裁判に正義感や真実を期待している人との間には、ずれがあるんだと思うんですよね。
でも、ずれがあるってことは、面白いことなんですよ。今回は、その違和感を違和感として徹底的に出しながら、どうリアルな弁護士像を描くかということが課題でした。

クリス: この映画は、完全じゃない日本の裁判システムに対してのメッセージが込められているのですか。

是枝監督: いいえ、今の裁判制度を批判するのが目的ではありません。
今回の映画で自分が一番考えていたのは、むしろその先にあること…見て見ぬふりをすることの罪、つまり「裁かれない罪」を映画にしたいということでした。そこに辿り着いた方が…まずは主人公が、そのことに気付くっていうプロセスをどう物語にしていくか。それは決して裁判だけの問題ではなく、おそらく至る所でおきているはずのことです。司法制度というよりは、もっと私たちの問題だと思っています。

クリス: 脚本を書くときに、同時にキャスティングもしているのですか。

是枝監督: していますね。今回、脚本は、この3人(福山雅治、広瀬すず、役所広司)を前提にして書いています。

クリス: 映画の着想はどこからきていますか。

是枝監督: 一番最初に書き始めたのは2009年。累犯犯罪者という犯罪を繰り返してしまう男の話を作ろうと思っていました。一度目は憎しみで殺して、二度目は愛した人のために殺してしまったが、動機には着目されずに、二度殺したからと死刑判決を受けてしまう男の話です。でも、それがなかなかうまく着地せず、寝かせたままになっていました。

そのうち、ホームドラマがしばらく続いたので、少し社会的な視野のモチーフを巻き込んだ形で映画を作ってみようと思ったときに、弁護士さんとの雑談の中で「法廷は真実を明らかにする場所じゃないんですよ」という話が出てきた。じゃあその弁護士を主人公にして、犯人役も今まであたためてきた累犯犯罪者にしようということで、その骨格を思いついたのは2年前の6月くらいです。

クリス: 脚本を書くのは大変でしたか。

是枝監督: ええ、本当に大変でしたね。専門用語とか裁判がどう動いていくかということのリサーチ、弁護士さんを交えての脚本作りとか。ただそれは、新鮮な体験でもありました。
役所さんが演じた三隅という人物については、僕が…僕がということは主人公(重盛)がということですけれど、完全には理解できない、理解の半歩外に置こうと設定していました。
その中で、重盛は、三隅が発するつかみどころのない証言の中から、弁護士として、弁護するのに都合の悪い部分は見ないようにしようとか、ここは有利になるから出していこうとか、望む結果にあてはめていくように、証言を取捨選択していくわけです。

クリス: それは現実の世界でもあることですね。

是枝監督: はい、映画ではさらに重盛に「三隅は何を考えてこうしたんだろう、本当は救おうとしたのかな、それとも裁こうとしたのかな」と考え続けてほしいから、三隅への関心を持続しつつも、一方で理解できないところに彼をおくという、非常に相反する作業になってしまったんです。

クリス: 自分で書いていて混乱しませんでしたか。

是枝監督: そうなんです。理解したいけど、理解できないという部分を描くというのが、机上で書いているだけだと、複雑すぎて自分でもわからなくなってきて(笑)。
しかも、三隅を演じる役所広司さんの演技力が、僕が書いた脚本よりもはるかに上を行っていて、例えば何気ないセリフひとつにしても、言った瞬間に、僕が書いた人間ではない感じになるんです。それで、よけい僕、混乱しちゃったんですよ。

「あれ、ほんとはこの人、殺してないかもしれない」とか思いはじめちゃって(笑)。書いている自分自身が、主人公と同じくらい振り回されちゃった。だから1日撮影終わって脚本書き直すと、全然違う着地点にたどり着いちゃったりして。途中で一度、咲江が殺した方に向かっていくぐらい大きく話がぶれたもんですから、まぁ(脚本作りは)大変でしたね。

クリス: 三隅は、複雑なキャラクターですよね。本当に殺したんじゃないかと思うような狂気がある一方で、礼儀正しい人にも見えるし。前科があるから、信じられない部分もあるし。

是枝監督: ええ、役所さんの演技の中に、鳥を殺す手の動きをする瞬間があって。…小鳥の首をふっと絞めるみたいな。それを見てたら、ぞっとしたんですよね。「この人殺したことあるのかもしれない」って思って。「殺したことなかったら本当にあそこまでリアルにできないんじゃないか」っていうぐらい、僕もスタッフも心底ぞっとした。だからつい「鳥飼ってたことありましたか」って聞いたんです。そしたら役所さんが「はい、ハトを飼ってました」ってさらっというんですよ。それで「殺しました?」って聞けなくて(笑)。でもなんか、映ってないときのやりとりも含めて、ずっとざわざわしっぱなしだったんですよ。

クリス: 確かに「殺しましたか」とは聞けないですね。でも「どうやって食べたんですか」なら聞けるかも。

是枝監督: そうですね、そうやって聞けばよかったですね!

クリス: 映像も素晴らしかったです。シンボルがいっぱいちりばめられていた。十字架の意味はなんですか。

是枝監督: いろんな意味があるのでしょう。ですが、重盛は意図的に三隅が何かを裁いたものなのではないかと途中から思い込んでいくんじゃないですかね。

クリス: 深いですね。勝手に思い込んでいくのですね。

是枝監督: もしかしたら、偶然かもしれないじゃないですか。だけど、人はそう見たいように見るものだから。重盛は三隅が犯人ではないと信じていたのかもしれないけれど、真実はどこにあるかは重盛には結局わからない。

クリス: 名古屋市役所で撮影された法廷シーンも存在感がありましたね。

是枝監督: 法廷シーンは非常に大事だと思っていたのですけれど、今の裁判は味気ない場所でしか行われないので、リアルを追及すると非常につまらないシーンになってしまうんですよ。そんなとき、美術の種田さんが「法廷は教会のようにしたい」と提案してきたんです。「法廷は厳かな場所として設計したいので、ある種の映画的なウソだけれども、窓を作りたい」って。そのアイデアに乗ったはいいけれど、今度はそれに見合うような荘厳な雰囲気を持った外観を選ばないといけないということで、たどり着いたのがここだったんです。

クリス: 市役所を見た印象はどうでしたか。

是枝監督: 見た瞬間に「あ、ここだ」と思いました。表玄関を入ったところの階段が、圧倒的によかった。ラストシーンの判決の後に、主人公が無言で歩いていく長いシーンを室内から外までワンカットでクレーンでひっぱって撮ろうというのは、この場所から思いついたアイデアです。そこは、素晴らしいカットになったと思いました。これは本当に場所ありきのシーンでしたね。

クリス: 愛知・名古屋の印象はいかがですか。

是枝監督: 名古屋は、映画の撮影に対して、本当に温かいです。あれだけの建物を、みなさんが使っている場所にも関わらず、まるごと貸してくれるってなかなかないですよ。
名古屋は撮影がしやすいというのは、映画関係者の中では常識になっていまして、難しい撮影のときには、まず名古屋へ行こう、ということが多いですよね。

クリス: 気に入っていただけてとてもうれしいです。愛知・名古屋にはまだまだいいところがいっぱいありますから、次回作もぜひロケ地に使ってくださいね。

是枝監督: ええ、もちろん!よろしくお願いします。

クリス: ありがとうございました。

映画「三度目の殺人」

【STORY】
それは、ありふれた裁判だった。殺人の前科がある三隅(役所広司)が解雇された工場の社長を殺し、火をつけた容疑で起訴された。犯行も自供し死刑はほぼ確実。しかし、弁護を担当する弁護士(福山雅治)は、なんとか無期懲役に持ち込むため、調査をはじめる。
何かが、おかしい。調査を進めるにつれ、重盛の中で違和感が生まれていく。三隅の供述が、会うたびに変わるのだ。金目当ての私欲な殺人のはずが、週刊誌の取材では被害者の妻・美津江(斉藤由貴)に頼まれたと答え、動機さえも二転三転していく。さらには、被害者の娘・咲江(広瀬すず)と三隅の接点が浮かび上がる。重盛がふたりの関係を探っていくうちに、ある秘密にたどり着く。
なぜ殺したのか?本当に彼が殺したのか?得体の知れない三隅の闇にのみこまれていく重盛。弁護に必ずしも真実は必要ない。そう信じていた弁護士が、はじめて心の底から知りたいと願う。その先に待ち受ける慟哭の真実とは?(映画「三度目の殺人」公式サイトより)

©2017 フジテレビジョン アミューズ ギャガ

【CAST】福山雅治、役所広司、広瀬すず、吉田鋼太郎、斉藤由貴、満島真之介、市川実日子、橋爪功

【STAFF】撮影/瀧本幹也 美術監督/種田陽平 音楽/ルドヴィコ・エイナウディ

【配給】東宝 ギャガ(上映時間:124分)

PROFILE

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