話す人
- とこなめ観光協会 事務局長
田村 史彦さん
2020年6月にNetflixで独占配信されたアニメ映画「泣きたい私は猫をかぶる」は、常滑が舞台となっています。やきもの散歩道をはじめ、公園、交差点、登窯、坂道など、様々な場所が登場。とこなめ観光協会では、スタンプラリーやPR動画制作など、ユニークな企画で、作品を陰から支えています。今回は、その(裏の)立役者のひとり、とこなめ観光協会事務局長田村史彦さんに、どのように「泣き猫」を愛される作品へと育てていったのかをお伺いしました。
ー常滑を舞台にしたアニメ映画「泣きたい私は猫をかぶる」は2020年6月にNetflixで独占配信されました。劇場公開せずにネット配信とは、まさに時代の先駆けですね。
田村さん: 実は、もともと劇場公開のために製作された作品だったんです。新型コロナウイルスの影響で、映画館が休業せざるを得ない状況となり、他の多くの作品が公開延期を決断する中、Netflixで配信することになりました。当時の混乱ぶりからすると、この決断はとても異例のことで、作品自体はもちろん、配信方法も注目されました。
ーそれでも、公開して間もなく視聴ランキングは上位となり、今もその勢いを保ち続けています。
田村さん: この作品は、若者に人気の音楽ユニット「ヨルシカ」が主題歌・挿入歌を担当しています。公開前から訪れたのが、「花に亡霊」のPVを見たヨルシカファン。急に若い観光客が増えたので「一体何が起こったのか」と驚きました。
影響の大きさをそこで目のあたりにして、これからどうなってしまうのかとハラハラしましたが、コロナ禍ということもあり、心配するほどの混雑にはならず、ホッとしました。
多くの人に楽しんでいただける作品に育ったという意味で、今考えれば、視聴期間の長い動画サービスだったことも、結果的には良かったと思います。ただNetflixは有料動画サービスなので、それについての案内は大変でしたが…。
ー作品の舞台が常滑となった経緯を教えてください。
田村さん: この作品の企画は、フジテレビの人気アニメ枠を担当し、その後独立した「ツインエンジン」の山本幸治さんです。そして監督は、「美少女戦士セーラームーン」「ケロロ軍曹」などを手掛けた、あま市出身の佐藤順一さんと、本作が長編監督デビューとなる柴山智隆さん。(※始動した頃、柴山さんは副監督。製作途中に昇格)
偶然にも山本さんと柴山さんが、常滑出身ということで、ある時、ロケハンにいらっしゃったんです。その時は、「使えるかわからないけど見に来た」と仰っていましたが、実際に歩いていただき、「画(え)になる坂が多くて雰囲気のいい街」と気に入っていただけたと聞いています。私たちもどうなるかわからない中、原画には常滑の風景がふんだんに織り込まれていて、その忠実な再現度に、監督の本気を感じ、とても感激しました。
ー常滑市や観光協会として、どのような活動で作品を支えてこられましたか。
田村さん: 僕自身、昨年4月に観光協会の事務局長に就任したばかりで、まず誰に相談していいのかわからない状態で…。そんな中で、知多のケーブルテレビさんに相談させていただいたところ、「泣き猫地元応援プロジェクト」が立ち上がり、愛知県、岐阜県のケーブルテレビ局9社がそれぞれ応援企画を行ってくださいました。
例えば、知多半島PRキャラクター「知多娘。」が、作品に登場する場所で主題歌を踊る動画をあげてくださったり、ケーブルテレビの契約プランの中に、新しく「Netflixプラン」を作ってくださったり。作品が完成した時には、柴山監督を呼んで映画の紹介番組を作ってくださったりもしました。
また、知多半島の地域活性化を目的に2015年から活動している団体「CHITA CAT プロジェクト」による援軍も、心強いものでした。これは、イオンモール㈱と中部国際空港㈱と知多半島・常滑地域の趣旨に賛同する自治体、企業、団体等との共同プロジェクトです。
今回も、「泣き猫地元応援プロジェクト」が立ち上がり、イオンモール常滑での試写会や聖地巡礼企画における事業者の協力など、皆さんが非常に協力的に動いてくださり、スムーズに進めることができました。
まとまって何かやるというよりは、それぞれの得意な分野を活かして、自主的にやるべきことをやる、という形だったのも良かったと思います。関わってくださった皆さんには、本当に感謝しかありません。
ー新型コロナウィルス感染症の影響で、観光や映画だけでなく、すべての業界が落ち込み、動きを止める中で、「泣き猫」周辺は常に動き続けていましたね。
田村さん: 「泣き猫」があったからこそ、前を向けたのかもしれません。作品を見た常滑市民の方は「地元がこんなにも登場してうれしい」「自分の住んでいる町がとても美しいことに気づかされた」と喜んでくださっています。
事業者さんも積極的に関わろうとしてくださっていましたし、私たちも、このチャンスを逃してはもったいないと、必死になって動きました。
愛知県の観光誘客地域活動事業にも応募し、2020年11月にスタンプラリーを、2021年1月に地域PR動画の制作を行うことができました。さらに、2021年1月15日から2月28日の期間では「泣き猫」スタンプラリーの第2弾も開催しました。
「泣き猫」は、常滑市民にとって、かけがえのない作品のひとつになったと思います。
ースタンプラリーの聖地巡礼の効果はどうでしたか。
田村さん: 充分ありましたね。スタンプラリーをしたところ、紙を持って歩いている人をよく見かけるようになりました。道には矢印案内も用意していますが、少しややこしいので、観光案内所では、必ずスタッフが説明するようにしています。
来てくれた方に常滑を好きになっていただき、「また来たい」と思っていただけるように、心をこめておもてなしをする。そういったことも、ファン作りには大切なことだと思っています。
ー田村さんが一番好きなシーン(場所)を教えてください。
田村さん: 印象的なシーンがいっぱいあるので、困ってしまいますが…。ポスタービジュアルになっているシーンはとても好きです。
実はこれ、実際にはない場所なんですが、それなのに常滑らしさが詰まっているなと思います。そして、日の出の家も素晴らしいですね。モデルは柴山監督の生まれ育った家なんですけど、この生活感のあるリアルさが、いいなと。
ー2021年1月に公開された「泣き猫」のスピンオフ動画「泣きたいのに泣けない私」は、柴山さんの実弟で実写の映画監督でもある柴山健次さんが担当されましたね。
田村さん: 動画の企画は、「やきもの散歩道の魅力を発信したい」というところから始まりました。「泣き猫」の縁で柴山健次さんに恐る恐る打診したところ、快諾していただけて、最初は5分程度の予定だったのが、「10分は欲しい」と監督側からお話がありました。
単なる聖地紹介動画ではなく、常滑が好きだという気持ちを大切にした作品で、僕たちが考えるより上をいくクオリティにしていただけて、とても感謝しています。
ー「泣き猫」において観光協会は、どんな役割でしょうか。
田村さん: 観光でも飲食でも物販でも目的は同じ。僕たち観光協会は、多くの事業者さんや観光客、地域の方々、映画に関わる方などをつないで、循環させていくハブとして機能してきたいと考えています。市役所だとか、観光協会だとか、そういうくくりに縛られるのではなく、「泣き猫」を通してみんなで常滑を盛り上げていくことが何より大事ですから。
雑誌を作っていた父が「宣伝ではなく、本質的なことを伝えたい」と言っていました。僕の思いも同じで、僕らを含め常滑の人たちが感じている本当の魅力を、観光協会がまとめたり、サポートしたりしながら、多くの人にその思いを届けていきたいと思っています。